この記事は『ひぐらしのなく頃に業・卒』綿騙し編・綿明し編のネタバレを含みます。
綿騙し編で発症したのは、旧作の詩音ではなく魅音です。圭一への思いが強い魅音にH173が作用し、詩音や御三家が圭一を危険にさらすという疑いが膨らんだ結果と読むのが本命でしょう。双子の入れ替わりそのものが原因ではありません。魅音が「守る側」であろうとした性格が、発症によって監禁と排除へねじれた事件です。
綿騙し編で人形を受け取ったのは魅音
旧作の綿流し編では、圭一が人形を魅音へ渡さなかったことが感情の傷になります。綿騙し編では梨花の助言もあり、圭一は魅音へ人形を渡しました。これで旧作と同じすれ違いは避けられたように見えます。
つまり今回の発症を「人形をもらえなかった嫉妬」で説明することはできません。魅音は人形をもらって喜んでいます。そこからなお惨劇へ向かうから、旧作の出来事を覚えていても安心できないんですよね。
旧作の詩音と今回の魅音では犯行主体が違う
旧作の綿流し編・目明し編では、詩音が魅音を装うため、見た目だけで犯行主体を判断できません。一方、綿明し編で発症して事件を起こすのは、普段から魅音と呼ばれている姉のほうです。旧作と同じ詩音の犯行を、別の角度で再演したわけではありません。
旧作の記憶に引かれると、地下祭具殿や園崎家の事件をすぐ詩音の復讐へ結びつけてしまいます。しかし綿明し編が示す中心は、魅音が圭一を守ろうとして疑いを深める流れです。名前の謎と発症者の謎を同じ箱へ入れません。それだけで混乱はかなり減ります。
H173で魅音の疑念が強制的に進んだ
魅音は旧作で、雛見沢症候群の深刻な発症に至らなかった人物として印象づけられていました。村の事情を知る立場や現実的な考え方が、疑心暗鬼を抑えていたとも読めます。ただし、それだけが発症しなかった原因だとは断定できません。綿明し編で明らかになる今回の違いは、沙都子がH173を使ったことです。
ただし投与された直後から、魅音が無差別に暴れ出すわけではありません。圭一と詩音の関係を気にし、祭具殿へ入った圭一が祟りに遭うと恐れます。H173による発症と、誰を守り誰を疑うかという感情の流れは分けて見たいところです。
なぜ御三家が圭一を狙っていると思ったのか
魅音は村の裏側を完全に知らないわけではありません。園崎家が恐れられていること、綿流しの夜に怪死と失踪が続いてきたことも理解しています。一方で、御三家がすべてを操るという噂には誇張があります。この「一部は事実だが全体は違う」という状態が発症と最悪に噛み合いました。
圭一が祭具殿へ近づいたことで、魅音は彼が制裁対象になると恐れます。守るためには命令系統を断たなければならない、と考えたのでしょう。ところが疑いの根拠を仲間と確かめず、自分だけで危険人物を決めていきます。守護の論理が、相手の自由を奪う支配へ変わった瞬間です。
詩音への嫉妬と圭一への心配
魅音は圭一と詩音の接近を気にしています。人形をもらって喜んでいたところへ、好きな相手が妹と親しくしているように見えます。その不安が発症後の疑いと重なるのが、綿明し編のつらいところです。
ただ、恋の嫉妬と祭具殿への侵入をめぐる心配は、同じ話ではありません。圭一を取られたくない気持ちと、圭一が祟りの標的になる恐怖が重なるから、魅音は周囲への疑いを強めていきます。双子の幼少期の入れ替わりまで、この事件の直接原因に足す必要はないと思います。
監禁は圭一を救う行為だったのか
魅音の主観では、圭一を地下へ隠すことは保護だった可能性があります。外から狙われていると思えば、本人の意思に反してでも隔離したくなります。しかし鍵をかけ、情報を与えず、周囲を排除する行為は、守ることとは呼べません。
ここに綿騙し編の悲しさがあります。魅音は圭一を傷つけたいのではなく、失いたくないです。それでも恐怖に支配されると、相手を信頼するより管理する道を選びます。旧作の詩音が悟史への執着から暴走したのに対し、魅音は圭一を守るという名目で同じ地下へ降りていきました。
結論|魅音の責任感と恋心を沙都子が壊れる方向へ押した
魅音発症の直接的な外因はH173であり、中心にあった感情は圭一を守りたい思いです。そこへ詩音への嫉妬、御三家への疑念、園崎家次期頭首としての責任感が重なりました。旧作と同じ双子の悲劇に見えて、動機の向きはかなり違います。
人形を渡すという旧作のすれ違いを避ける選択だけでは、薬剤による介入まで防げませんでした。「今度こそ魅音が報われる」と思えた入口から、圭一を守るために彼を閉じ込める結末へ向かいます。その落差が綿騙し編の嫌なところです。


