ノイズリングのヒトデは、人間の顔に付く不気味な飾りでは済まなくなりました。第7話で小型の個体が独立して動き、海老沢の頭に取りつこうとしたことで、人の身体を利用する生物という見方が強まっています。
私が有力だと思うのは、ヒトデ状の生物が人間の身体と、その身体が持つ情報を利用しているという説です。ただし、小さなヒトデがすべてを操る本体なのか、大きな存在の一部なのかまでは断定できません。
※第7話までの内容に触れます。
ヒトデの正体は人間の身体を利用する異質な生物か
寄生説を強くするのは、ヒトデの形そのものより、人間の姿から離れても動けることです。第6話では帯刀の姿をした相手の顔に星形の器官が現れます。そこだけなら、身体が変質した結果という解釈もできました。
ところが第7話では、小型個体がそれ自体で移動し、別の人間へ接触しようとします。人型の身体とヒトデ状の生物を、ひとつの生き物として扱ってよいのかが揺らぐ場面です。人間の身体は一時的な宿主で、動く小型個体の方が主体だと考えると、二つの姿をつなげやすくなります。
海老沢へ取りつこうとする動きも、その見方に合っています。弱った相手を食べるだけなら、必ずしも頭部を狙う必要はありません。顔や頭との接触に意味があるのかもしれません。人間の情報を取り込むため、あるいは身体を操作するための入口という可能性があります。
もっとも、取りつこうとしたことと、寄生が成立したことは別です。海老沢は反撃しています。この場面から、すでに彼女が乗っ取られたと決めるのは早いと思います。接触、侵入、身体の支配を一段階ずつ分けて見る方が、次の異変も判断しやすくなります。
人間の言葉を話せても本人とは限らない
この作品で怖いのは、相手が人間の声を使えることです。第1話から第2話にかけて、宿木はギエンの声を聞きながら、本人との違いを感じ取っています。親しい人の声が聞こえれば助けたいです。その自然な反応が、深海では安全を保証してくれません。
第6話の相手は、日本語でやりとりできるだけでなく、生体から必要な情報を得たという趣旨の説明もします。その言葉が正しいなら、声をまねるだけの生物より、かなり複雑な能力を持っていることになります。
ただ、ここにも段階があります。発声をまねること、言葉の意味を理解すること、その人の記憶を持つこと、その人自身になることは同じではありません。帯刀の姿で話したからといって、帯刀の意識が残っているとも、記憶を完全に読み取ったとも言い切れないのです。
私は、身体から得られる情報と、その身体の持ち主の人格が分けられている可能性を考えています。外見や声が戻ってきても、目の前にいる主体は別。その仕組みなら、救助に来た人ほど相手を誤認しやすくなります。知っている声が安心材料にならないところに、この生物の怖さがあります。
鈴の音はヒトデと人型の相手をつなぐ手掛かり
宿木が追っているのは顔だけではありません。第1話の鈴のような音と、第6話で感じ取る声のリズムには、相手の正体を考えるうえで重みがあります。身体が変わっても音の特徴が残るなら、人間の姿よりそちらの方が主体を見分ける手掛かりになりそうです。
海老沢が物音を利用する場面も、相手が音に反応することを示しています。人間の顔に付いたものが周囲をどう認識しているのか、という問題は、寄生説と切り離せません。人間の目をそのまま使えるなら、人の身体を得る利益は大きいはずです。一方で、音を頼りにしているように見える場面は、身体のすべてを自由に使えるわけではない可能性を残します。
ただし、音に敏感だから視覚がないという結論にはなりません。海老沢の観察と宿木の感覚を合わせても、見えている範囲や感覚器官の仕組みまでは不明です。音で探る能力があることと、音以外を認識できないことは分けておきたいです。
今後、別の身体から同じ音が聞こえるかは注目点です。繰り返し同じ特徴が現れるなら、身体を移る主体という説が強まります。逆に複数の個体が同時に同じ音を出すなら、一体の移動ではなく、種全体に共通する声という読みもできます。
白金と結晶は食べ方の違いを示しているのか
第1話では、洞窟の結晶にヒトデを思わせる模様が現れます。第7話では海老沢が小型個体の構造を観察し、チューブワームを連想します。序盤の鉱物と現在の生物がつながるようで、私はこの部分が気になりました。
口や消化器官が見当たらないという観察は、普通のヒトデと同じ食べ方をしているとは限らない、という手掛かりにはなります。しかし、見えない器官がないとは限りませんし、別の仕組みで栄養を得ていると確定したわけでもありません。白金らしいものがあるという観察から、金属を食べて生きると飛躍することもできません。
そこで私は、栄養を得ることと、人間を利用することが別の目的なのかもしれないと考えています。人間の身体を求める理由が食事ではなく、情報、移動、外界との接触にあるなら、相手の言葉や行動が違って見えてきます。人を餌として見る生物と、人を道具として見る生物では、接近してくる理由が変わるからです。
第2話で海老沢が示す、知性ある存在が機体を調べたのではないかという仮説も、この方向とは相性がよいです。ただし、それは海老沢の推測です。艇の分解と小型個体の活動を、現時点でひとつの主体の行為として確定することはできません。
寄生本体説の弱点と別の可能性
寄生本体説の弱点は、小型個体の独立した動きが、そのまま知性の所在を証明するわけではないことです。動ける部分がある生物でも、全体の意思決定は別の器官が担っている可能性があります。
別の可能性として、小型のヒトデがより大きな存在から離れた一部で、人間との接触を担当しているという読みがあります。その場合、海老沢が一個体を倒したことと、洞窟の脅威を消したことは結びつきません。人型の相手、小型個体、結晶の模様が、同じ仕組みに属する別の要素という考え方も残ります。
反対に、小型個体だけでは人間らしい会話ができず、宿主の身体と組み合わさって初めて高度な行動ができるのかもしれません。そうなら、本体か宿主かという二択だけでは足りません。二つがそろった状態を、ひとつの知性として見る必要があります。
古い像に海の星を結びつける第7話の説明も、過去とのつながりを予感させます。ただ、似た形があるだけで、特定の神話の生物や宇宙から来た存在だとは決められません。形の一致と、起源の証明には距離があります。
現時点では、人の姿で現れる存在と小型のヒトデが無関係とは考えにくくなっています。一方、その関係が寄生なのか、協働なのか、もっと大きな存在の活動なのかは残された謎です。私は次に人型の相手が現れたとき、顔よりも、声と身体の切り替わり方を見たいです。ヒトデの正体を絞る鍵は、見た目の不気味さより、何が身体を離れても残るのかにあると思います。

