ひぐらしのなく頃に 赤坂はなぜ梨花を救えなかった?帰京を勧めた本当の意味

赤坂はなぜ梨花を救えなかった?帰京を勧めた本当の意味

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この記事は『ひぐらしのなく頃に』のネタバレを含みます。

暇潰し編の赤坂は、梨花の警告を将来の殺人事件として受け止められず、彼女を守る行動につなげられませんでした。帰京の忠告にも間に合わず、妻の雪絵を失います。暇潰し編で妻が助かったわけではありません。 祭囃し編の赤坂と混ぜると、ここが逆になってしまいます。

梨花の「東京へ帰れ」は妻を救う警告

赤坂が雛見沢を訪れたのは、建設大臣の孫の誘拐事件を調べるためです。東京には出産を控えた妻がいました。梨花から帰京を促されても、赤坂には、それが妻の命に関わる忠告だと分かりません。

村へ来た直後の捜査員にとって、少女の不吉な言葉は理解しづらいものです。捜査中の土地から出ていけと言われれば、脅しではないかとも感じるでしょう。それが善意の警告だったと分かったときには、もう遅いです。このすれ違いがきついんですよね。

赤坂が雪絵へ連絡しようとしても、公衆電話のコードは切られていました。後に知らされるのは、雪絵が病院の階段から転落して亡くなったことです。妻を気にしていなかったのではなく、気にかけて動いた時には救えませんでした。その後悔が残ります。

梨花自身のSOSにも間に合わなかった

梨花は赤坂に、村で起きる事件と自分の死を告げています。しかし、赤坂がその言葉を確かな予告として理解するのは、事件が現実になった後でした。

ここで赤坂が取り逃がしたのは、犯人を逮捕するチャンスだけではありません。怖い予言をする少女の言葉の中に、自分を助けてほしいという訴えがありました。その意味に気づけなかったことです。

赤坂を見ていると、善人であるだけでは救えないのが『ひぐらし』なのだと感じます。妻を大切にし、仕事にも真剣でした。それでも、梨花の言葉を信じて予定を変えるところまでは踏み込めなかったのです。

祭囃し編は「妻を失った後の続き」ではない

原作・祭囃し編では、赤坂は梨花の忠告を気にかけて妻に電話し、雪絵の事故を回避しています。暇潰し編で雪絵が亡くなった世界の、そのままの続編ではありません。妻を救えなかった赤坂と、救えた赤坂は、異なるカケラの出来事です。

ここは、忠告を受けてすぐ帰京した皆殺し編とも異なります。祭囃し編の赤坂は雛見沢で捜査を続けながら妻へ連絡したため、妻が助かることと、梨花の予言や救援要請を聞くことが両立しています。

だから祭囃し編の帰還を、暇潰し編の赤坂が年月を経てやり直した、とだけ説明するとズレます。読者には救えなかった世界の後悔が見えている一方、祭囃し編の赤坂には梨花への恩があります。その二つが重なるので、助けに来た姿に感情が乗るのでしょう。

梨花にとっては、何度願っても届かなかった救援がようやく届く場面です。赤坂が強いからうれしい、だけでは終わりません。あの忠告とSOSを覚えているからこそ、帰還がうれしいんですよね。

赤坂の失敗は「東京へ帰ったこと」ではない

暇潰し編では、妻を救う警告にも梨花の救援要請にも間に合いませんでした。帰京したせいで梨花を見捨て、代わりに妻を救った、という二者択一の話ではありません。

赤坂の後悔は、あの言葉を信じて動けていたら、というものです。祭囃し編は別の世界で、その願いに応える赤坂を見せてくれます。

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